ととまway

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3度の手術を経て子宮・卵巣全摘出 ホルモン療法の現在まで~1回目の手術の後~

 

こんにちは、ととまです。

 

私はこれまで婦人科の手術を3回受けました。

今は子宮も卵巣もありません。

でも、元気で暮らしていますよ。

現在はホルモン療法を行っています。

 

前回の記事に1回目の手術のことを書きました。

 

www.totoma1125.com

 

 

チョコレート嚢胞の再発 

 

28歳でチョコレート嚢胞を取る手術をしました。

その後、チョコレート嚢胞が再発しました。

 

チョコレート嚢胞は生理があるうちは再発しやすいのです。

そして、少しづつ大きくなっていき、注射で生理を止める治療をすることにしました。

 

その注射は月に一回打てばいいのです。

期間は、6ヶ月間。

6ヶ月以上は続けられません。

なぜかというと、副作用があるからです。

 

6ヶ月打ったら終わり。

でもまた様子をみてまた期間をおいて打つことはできます。

6ヶ月で、1クールでそれを数年に渡り2~3回行いました。

 

ですがその注射は高いのです。

一回1万円以上かかり経済的にも大変でした。

 

 子宮筋腫の診断も出ていました。

でも、手術をするほどではなく受診しながら様子をみていました。

 

ピルを飲んで生理を止めたこともありました。

ピルは飲み忘れることができません。

当時は、飲み忘れてしまったらその日の分と前の日の分をまとめて飲むことになっていました。

気をつけていたのに、ある日飲み忘れてしまいました。

そして、2日分飲むことになりました。

 

すると、ものすごい吐き気が襲ってきたのです。

ものすごい吐き気です。

吐き気だけでなく具合も悪くなって、その日はずっと吐き気との戦いでした。

ホルモン剤って怖いですね。

それ以来、ピルを飲むのを辞めました。

 

 

異常なだるさの原因は貧血だった

 

30代後半になると生理痛も段々ひどくなりました。

生理の量もものすごく多くて大惨事になることも多かったです。

 

仕事は何とか頑張っていましたが、家では横になることが多かった。

だるくて仕方なかったのです。

 

あの頃、朝起きて子どもたちが登校したあと、

自分が仕事に行くまでたった10分でも横にならずにはいられませんでした。

 たった10分でも・・・ですよ。

今思うと病的でしたね。

 

休日に午前何か用事をたすと、午後は横になっていました。

体がもたなかったのです。

でも、急にそうなったわけでなく徐々にだったので、どこかが悪いのか、

とあまり考えていませんでした。

もしかして、見て見ないふりというか、病気を否定したかったのかもしれません。

 

今は、そんなことはありません。

ゴルフの練習に行ったり、午前も午後も活動的に行動できます。

横にならずにはいられないというのはおかしいのです。

 

でも、病院にはしばらく行っていませんでした。

結局、生理痛、倦怠感を軽くするの方法は薬しかないと思っていたからです。

 「きっと、この生理痛が軽くなることはない」と思い足が遠のいていました。

 

そんな日々が続きました。

 

ある日仰向けになると、下腹部がポッコリしていることに気がつきました。

 

んっ!!?

 

それは太ったということではないことはすぐにわかりました。

 

いよいよ重い腰を上げて病院に行きました。

その頃、フラフラ感、倦怠感がとても強くなっていました。

 

採血の結果、ヘモグロビンの女性の正常値は12~15g/dlくらいですが、

私は一桁でした。8とか9だった記憶があります。

 

そうだよな~、あの頃立ってるのも大変でした。

朝礼なんて必死の思いで立っていました。

 

貧血だったんです。

 

それも悪い状態でした。

それから、一週間くらいは毎日仕事帰りに鉄剤の注射に通っていました。

注射の方が効果が早いからです。

それから、貧血は少し良くなっていましたが、

子宮筋腫がかなり悪くなっていました。

 

 

もしかして、悪性かも・・・?

 

筋腫がかなり大きくなっていて外側(お腹の上から)からもわかるくらいに腫れていました。

もしかして肉腫という悪性のものかもしれない

とのことで大きな病院を紹介されました。

しばらく病院に行かなかったことを深く反省しました。

悪いものかもな・・・なんて心細くなっていました。

 

そのころは離婚していて、子ども二人を育てていました。

 

その頃私は、一人で頑張っていた頃でした。

心の中を、弱音を誰にも言いませんでした。

言う人もいませんでした。

親にもです。

私のダメなところかもしれませんが、弱いところを見せたくないのです。

 

人は誰か一人でも弱音を吐いたり、話を聞いてくれる人が必要です。

もちろん家族がそういう存在だと思います。

あの頃、離婚していたし、両親に心配かけられないという思いもありました。

 

だから、なんでもないふりしていました。

 

そして、大きな病院に紹介状を持って行きました。

 

つづく・・・

 

では、また