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子宮筋腫で子宮と左の卵巣を摘出 手術前日から退院までの記録編

わたしは28歳の時、チョコレート嚢胞の手術をしました

卵巣はそのままで、チョコレート嚢胞だけを取る手術でした

その手術から約15年たった43歳の時、体調が悪化してきました

ものすごい異常なだるさで日常生活がままならなくなってきたんです

だるさの他にも下腹部が異常にふくらんできて、自分でもからだの異変を感じて近くの婦人科を受診したのですが、

すぐに大きな病院を紹介されました

 

www.totoma1125.com

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検査の結果

紹介先の病院では

MRI、CT、レントゲン、採血、内診、エコー、などの検査をしました

MRIの検査ってしたことありますか?

寝たままの姿勢でトンネルみたいなところに入ってじっとする検査です

痛い検査ではありません

ただ「カンカンカン」とか「ガンガンガン」と、どこかで工事?しているような音がするだけです

その音もときどき変わります

わたしは「どうしてこんな音がするのかな~」とのんきに考えていて、その音をきいていると眠くなってきてしまいます

そのうちウトウト・・・

でも、狭いところが苦手な人は恐怖だと思います

 

そして検査の結果がでました

診断名は、

子宮は「子宮筋腫」

左の卵巣は「成熟嚢胞性奇形腫」

右の卵巣は「チョコレート嚢胞」

 

やはり大変な状態でした

問答無用で子宮と、左の卵巣は取ることになりました

ホルモンの関係もあり、できれば片方の卵巣は残した方がいいとの判断でした

閉経の年頃までは、できれば残していた方がいいようです

子宮がなくなっても卵巣があれば女性ホルモンは分泌されるので、取らなくていいならそれにこしたことがありません

当時43歳だったので、まだ閉経するにしてはちょっと早いお年頃

右の卵巣は一部だけ摘出し、残すことになりました

(これで女性ホルモンは大丈夫)

入院した日(手術の前の日)

手術の前の日に入院しました

入院してからレントゲン、採血、心電図の検査をしました

そして、剃毛も・・・

麻酔科の先生からは麻酔についての説明がありました

その話を聞いて手術のイメージが持てました

そうなのか~って感じ

何となくバタバタしていましたが、それ以外の時間は持って行った漫画本を読んでいました

結構自由な時間があるので、 漫画本や本を持って行って正解でした

ちなみに持って行った漫画は何だと思いますか?

 

 

デスノートです

 

夕方には手術室の看護師さんが「明日担当する看護師です」と部屋に挨拶にきてくれました

笑顔で声をかけてもらいとっても安心しました

そんな心遣いが嬉しかったな

このサービス?いいと思いません?

わたしはいいと思います

 

夕食はコーンスープとジュースでした

味は・・・

消化のいいものだからでしょうか?

一口飲んだだけで、ごちそうさま

 

食いしん坊のわたしは食べることが大好きだけど仕方ありません😢

その後、浣腸されてトイレに駆け込み・・・スッキリ

 

その日は夜寝る時、お腹に手を当てて子宮にバイバイをしました

「あなたのおかげで子どもたちに会えたよ

本当はわたしが死ぬまで一緒にいたかったけどそれは無理みたい

長い間、お疲れ様 」

子宮を摘出するということに寂しい気持ちはありましたが、意外にあっさりした気持ちでした

子どもを産んだ後だったのもあると思います

それより、それまでの不調の方が辛かったのでその辛さから解放されるという気持ちの方が強かったな

「子宮がなくなることは女性ではなくなるということ」

という喪失感を感じる人も多いのですが、

わたしはそういう気持ちにはならず意外にサバサバしていました

 

その日はたまたま4人部屋を一人で使用することができたんです

何回か目をさましたもののぐっすり眠れました

おばけは出ませんでしたよ

夏のおばけのイラスト

手術の日の朝

朝、術衣に着替え、足には血栓予防のための弾性ストッキングを着用

履いたことある人はわかると思いますが、白いタイツみたいな感じです

キツキツのストッキングです

なかなか履くのが大変なんですよ

朝7時ころ看護師さんがきて緊張を和らげる薬を服用して

なんだかほわ~んとしてきて・・・

手術室の前まで、車椅子で行きました

家族が送ってくれました

手術で死ぬかもしれないという深刻さはありませんでしたが、

何が起こるかわかりませんし、あの手術室の前の別れってなんだかじ~んとくるものです

うっすら涙がうかんできました

手術室の中へ

手術室に入ったら、昨日部屋に来てくれた看護師さんが声をかけてくれました

昨日顔を見たばかりの看護師さんですが、知っている顔が待っていてくれるのは安心しました

心強い気持ちです

最初は点滴をしました

そして横向きに寝て背中に硬膜外カテーテルを入れるための麻酔をしました

それは思ったより痛くありません

硬膜外カテーテルは2回目でうまくいきました

 

その後、仰向けになり点滴のルートから、眠るための薬を入れます

看護師さんが「さあ薬を入れますよ。眠くなりますよ」の、

「なりますよ」「よ」の時にはもうとろ~んとしてとっても気持ちよくて眠りに落ちていました

経験した人はわかると思いますが眠りに落ちる瞬間って超気持ちイイです!

それだけ血液は何秒かで全身をかけ巡っているのです

地獄の夜

「・・わりましたよ」「終わりましたよ」と遠くで声がして起こされました

何となくぼんやりしていてよくわかりませんでしたが、その時、喉の管を抜かれたような気がしました

そうだったのかはわかりませんが、そんな気がしました

「あれ、さっき手術室に入ったのに、もう終わったの?」

そんな感覚です

何時間も経っているのに、それがついさっきのような不思議な感覚

朝の9時ころ手術室に入り、部屋に帰ってきたのは14時半

手術前の麻酔に1時間、手術に3時間の計4時間の予定でしたが、

実際にかかった時間は5.5時間

長引いたんですね

そこからが地獄でした

痰が絡む

吐き気

苦しい

 

足には血栓予防のためのポンプがつけられ定期的にふくらんだりしぼんだりします

左手の人差し指には酸素飽和度をはかる機械をつけられ、

口には酸素マスク、心電図モニターがつけられ、おしっこの管も入っています

管や線だらけです

とにかく吐き気がすごい状態でした

吐くものがないのに何度も何度も吐いていました

でもこの時、お腹の痛みはありませんでした

ただ身の置き所がないものすごいだるさ

右を向いても左を向いても苦しい

右を向いてあまりの苦しさに左を向く

でも、自分ではできない

助けをかりて左を向くけど、動くとさらに吐き気

左を向いたところで、その左もじっとしてられない

そして、また右を向く

その繰り返し

とにかく体を置く場所がありません

吐き気

ものすごいだるさ

息をするのが精一杯

苦しい

とにかく苦しい

吐き気止めの坐薬は何度も使ったけど、まったく効果がありませんでした

あの時は、時間が止まっていました

あまりの苦しさにむしろ眠らせてほしいと思っていました

あの時はこんなに苦しいなら死んだ方がまし、とまで思っていました

目も開けられません

ただ、ただ、数を数えていました

「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10」

「10」までいったらまた「1」からスタートです

そうでもしないと気が狂いそうでした

その夜は1時間ごとに看護師さんが来て血圧を測ったりしてくれました

体を触られているけど目は開けられません

ずっと目をつむったままです

反応もできない、長い長い、長~い夜でした

術後1日目 

やっと朝になりました

やっとです

でも吐き気はかわらず、息をするのもやっとでした

午前中に先生の回診があり、先生たちが何やら話していたけどわたしは話す元気はありません

ただ、ぐったりしていました

なんとか息してる感じです

なんとか生きてる感じ

両手に点滴をしているので、朝の採血は足からでした

足背って痛いんですよ

でもそんなのどうでもよかった

声も出ません

 

看護師さんに体を拭いてもらい、着替えをしました

酸素マスク、心電図モニター、酸素飽和度をはかる機械がはずれました

 

そして驚愕の事実がわかりました

ヘモグロビン6.3mg/dlでした

えっ!!?

6.3?

正常値が12~15mg/dlなので、半分しかありません

これじゃあ具合が悪いはずです

納得です

ヘモグロビンは酸素を運ぶ役割をしています

ヘモグロビンが少ないと全身に十分な酸素がいきません

苦しいわけです

体が「苦しいよ!酸素が欲しいよ」と叫んでいたのでしょう

後から先生が教えてくれました

輸血するかのギリギリだったけどなるべくしたくなかった」と

 

そうなのか~!

あの時は極度の貧血で生きているのがやっとだったけど、今思えば輸血しなくてよかったと思っています

生きるか死ぬかの局面ならそんなことを言ってられないけど、あとから副作用の心配もあります

だから、先生の決断に感謝しています

 

すぐに、鉄剤の点滴と内服が始まりました

そして飲水の許可がでました

寝たままの姿勢でベットをギャッジアップしました

少し上げただけで、吐き気とふらふら感がハンパない!

なので、ギャッジアップは途中でリタイアしました

無理でした

血圧は80/40mmhg

 

この頃、熱が38度台まで上がり坐薬を使用しました

吐き気止めといい、熱さましといい、何回お尻を見られたことか・・・

いよいよ夕から食事開始です

五分がゆでした・・・食べられませんでした

 

吐き気とふらふら感でベットをギャッジアップすることができません

この日は結局ベットから起きれませんでした

今は特に問題がなければ術後1日目から歩かされます

その方が回復が早いからです

でも無理でした

お腹の痛みはほとんど感じません

それよりも吐き気や倦怠感が強かったんです

濡らした冷たいタオルで顔を拭いてもらいました

気持ち良かったな~



術後2日目

朝、看護師さんが食事の時間より早めに来てくれました

時間をおいて何回かに分けて少しずつベットをギャッジアップしてくれました

少しづつ慣らしていくという作戦でした

食欲はなくほとんど食べれませんでした

お腹はゴロゴロ動いていて、ガスも出ていました

 

いよいよ歩くことになりました

看護師さんに見守ってもらい立ってみました

その瞬間目の前が真っ白に、

真っ白!

血圧がスト~ンと下がる時ってあんな感じなんですね

一瞬で真っ白です

気力がどうのこうのの問題ではなく、体が無理だと言っていました

 

だるさはありましたがベットの上で座ったり横になったりを頑張って繰り返してみました

そして午後から、もう一度立ってみることに

リベンジです

立てるのか~?

・・・・なんとか立つことができました、そして歩くことが出来ました

一歩一歩かみしめるようにゆっくりとです

ただ、一歩歩くことに必死

短い距離を歩くのも必死

この日はおっしこの管が抜けて弾性ストッキングも脱げたのでした

やっと自分の足で歩き、歯磨き、洗面が出来た時は嬉しかったな

歩くのはかなりゆっくりなんですけどね

自分のことが自分でできるのって当たり前だけどすごく嬉しい!!

そんなことを感じました

空腹感はあるのですがわたしはおかゆは苦手なんです

夕食はほとんど食べれませんでした

おかずは少し食べれたけどすぐにお腹いっぱいになりました

食べていないと胃は小さくなるんですね

家族にお願いして夜にプリンを買ってきてもらいました

あのときのプリン美味しかったなあ~

プリンのイラスト

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術後3日目

この日から常食

やったあ~!!

病院食のイラスト

朝はパンでした

でも3割くらいでもうお腹いっぱいになりました

食いしん坊なのに・・・

 

背中の硬膜外カテーテルが抜けました

抜く時ちょっと違和感はあったけど、痛みはありません

毎日いろんな管が抜けていきとうとう点滴も終わりました

やっと自由の身になりました~

やっと

シャワーOKとなりましたがちょっと無理そうだったので、髪だけ洗ってもらいました

スッキリ!

術後4日目

点滴は鉄剤の小さいものだけになり、終われば抜かれます

ずっと点滴につながれているわけではないので、ずいぶん楽になりました

ご飯を食べると腸が動いてお腹が痛くなります

でも、それほど強い痛みではありませんでした

なるべくガスを出すようにしていました

 

シャワーを浴びてみました

動作はかなりのろのろです

スローモーション見てるかのようです

かなりスッキリしました

シャワーって最高!!

温かいシャワーを浴びる人のイラスト

この頃は少しづつ動けるようになっていたことが嬉しかったな

長い距離は歩けず、ちょこっと歩いては横になり「デスノート」見ていました

術後5日目

夜は良く眠れていました

だるさがあって日中は横になっていましたが、午後売店まで行ってみることにしました

カフェオレを買いに

しかし、売店は遠い・・・

帰りは途中で椅子に座ってひと休みしてから帰ってきました

ノンストップでは無理でした

部屋についた時ほっとしました

すごい旅をしてきた気分です

食事は残さず食べれていました

術後6日目

貧血の点滴は今日で終わり

後は飲み薬だけとなりました

この日のヘモグロビン7.8mg/dl

すこし改善してきましたが、まだまだです

「貧血があるので無理はしないようにね」と先生からお話がありました

だるさはありますが日に日に少しずつ回復しているのを実感できています

術後7日目

抜鈎

お腹の傷をとめているホチキスの芯みたいなのを取りました

腎臓のエコーは問題なし

内診も問題なし

「明日、退院してもいいですよ」

明日退院か~

売店にカフェオレを買いに行くのを再チャレンジしてみることにしました

ゆっくりしか歩けないけど、

休まず行ってこれた~

やはり長旅をしてきた感じの達成感

術後8日目

無事、退院

自宅はいいですね

安心します

この日のご飯はカレー

母が来てくれて家事をしてくれていました

感謝です

わたしはシンママなので子ども達の弁当などしばらく母が作ってくれていました

ありがとう

この日は自宅のベットでゆっくり眠りました

 

退院後の生活編につづく

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2 Comments

konma08

こんにちは。とと姉さん。
凄いな。凄いは姉さん。
こんな苦痛を淡々と書かれてる・・・。
私ならデスノートに自分の名前を書いてそう。
当たり前って当たり前じゃないと当たり前の凄さに気付かないんですよね。五体満足でいられる・・・健康であることがいかにありがたいことなのか。
MRI。ほんま工事現場の中に入るみたいですね。怖い人には怖いんやろなぁ・・・。
いゃぁ~お疲れ様ですね。あの頃のとと姉さん。

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totoma1125

こんにちは。KONさん。
突き詰めれば毎日元気でご飯食べてお風呂に入れてることがもう最高に幸せなことなんですよね~。
いつのまにか、あれが欲しいこれが欲しい、となってしましますが・・・

返信する

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