[看護師]いじめられて辛く苦しいあなた いつまでそんな職場で我慢するつもりですか?

卵巣がんの疑いが・・・3度目の手術とホルモン補充療法

 

夕陽を浴びる後ろ姿の女性

私はこれまで婦人科の手術を2回受けています。

1度目はチョコレート嚢胞を取る手術、2度目は、子宮と左の卵巣を取る手術でした。

2度目の手術のあと、わずか1年でまた手術をして、残していた右の卵巣を取らなければならなくなりました。腫瘍マーカーが異常に高く、卵巣がんが疑われたからです

2度目の手術からわずか1年後にまた手術、そして卵巣がんかもしれないことに、心は落ち込んでいました。

 

この記事を見る前に、読んで欲しい記事はこちら ⇩

卵巣がんの腫瘍マーカー(CA-125)が1200 すぐに3回目の手術へ

参考記事 ⇩

私が3度の手術を経て子宮・卵巣とサヨナラしたお話

でも、がんでないのかもしれない

白い花

最初の採血では、1200あった腫瘍マーカーが、その後、800まで下がっていました。(それでも正常値よりかなり高い状態です)

もし、卵巣がんなら、上がった腫瘍マーカーが下がることはないそうなのです。

それに最初に卵巣に見えていた影も、いつのまにか見えなくなっていました

この二つの結果で、もしかしてがんではないのかもしれないという、希望がもてました。

主治医は、悪いものの可能性は高くはないが、手術をして病理検査をしないとわからないとのことでした。

 

通常卵巣がんの手術は7時間位かかります。卵巣の組織をとり、術中迅速診断をして、その結果で手術の内容が変わってきます。

しかし、その長時間の手術のスケジュールは2か月先まで、埋まっていました。でも、午前だけなら手術できる日があり、そこに予定が組まれることになりました。

先生はそれまでの検査で、悪いものではないだろうという予想をして、その午前の枠に手術を入れることにしたのです。

そして、手術中の迅速診断はやらないことになりました。

「迅速診断は正確性に欠ける」という主治医の判断です。それに、その日の手術は午前しか開いていないので、どっちみち迅速診断をできないのです。

卵巣を取り、病理検査をして、もし悪性ならまた後日再手術することになりました。その可能性は低いという主治医の判断ですが、これって賭けのようなものですよね。

でも、この時の先生の「悪いものではないだろう」という決断に少し安心していました。

本当は開けてみないとわからないいんだけどね。

 

手術の経過

黄色い花

手術の前日(入院した日)

入院は11時まで行けばOKでした。朝のうちに風呂掃除をしたり、洗濯をしたり大忙し。このころは離婚していたので、ギリギリまで、留守にする間のあれこれをしていました。

きっと、昼からは絶食かな?と思い、いつもより朝ご飯をしっかり食べて病院へ。

病院に入り、病衣を着た途端、病人になった気分です。

 

麻酔科の先生の説明を受けました。なんと去年と同じ先生で、先生も私のことを覚えていました。病棟の看護師さんもです。私も覚えていましたが、看護師さんも覚えていたようでした。

 

夕方、主治医からの説明を、家族と一緒に受けました。

 

夕食はコーンスープです。数口だけ飲みました。

寝る前に浣腸をされて・・・そして、おやすみなさい。

 

手術当日

朝にまた、浣腸をされて、また、あのキツキツの弾性ストッキングをはきます。

朝一番の手術ということで、8:45に病棟を出発。

この時車椅子を押してくれたのは、見覚えあるナースでした。去年入ったばかりの新人ナースが1年たって、去年と違い、堂々としています。

成長したなあ~って嬉しく思いました。(親のような気持ち)

 

手術室に入ると、すぐに点滴、背中に硬膜外麻酔酸素マスクなどをしていきます。

「眠くなりますよ」の「よ」の時には眠りに落ちていました。

 

「終わりましたよ」と声がして起こされました。すぐに時計を見たら、12:30。時計を見る余裕があるなんてすごいでしょ。

痰の絡みや、吐き気はあり、つらかったのですが、前回の手術よりだいぶ楽でした。

 

前回の手術の記事はこちら ⇩

子宮筋腫で子宮と左の卵巣を摘出 手術前日から退院までの記録

 

15時にはベットサイドに主治医が来てくれました。

卵巣が腫れていて、S状結腸にくっついていたそうです。だから、便が通れなかったんだな。便が出たくても、道が狭くてコロコロ便になったのでした。

S状結腸はその名のとおりS字のように、カーブしている肛門に近い腸の部分のことです。便が腸を降りてきて最後に、そのS字結腸を通ります。

 

卵巣の見た目はつるんとしていて、悪いものではないように思うとの言葉に、ホッとしました。

出血量は200mlでした。

ベットサイドの先生とお話ができるなんて驚きです。だって前回の手術の時は、死んだような状態だったんです。息をすることがやっとだったのです。その時とはまったく違います。生きています、わたし!

出血量が少ないとこうも違うんですね。

貧血って恐ろしいと思いましたよ。

 

夕方には酸素マスクが外れました

夜は吐き気止めの坐薬、痛みを3回、痛み止めの坐薬を2回使いました。

痰が絡んで夜中に、口をすすがせてもらいました。

この時つらかったのは、左足が麻酔で麻痺していて感覚がなく、どの体制になっても、落ち着かないことです。痛いわけではないのですが、体の位置がどの体制にしてもしっくりこなくて、違和感で眠れないのです。

左足の感覚がないので、体の向きをかえるときは看護師さんに手伝ってもらいます。

わたしは、この違和感がつらかったな。痛みの方が我慢できます。それほど、嫌な違和感でした。

看護師さんに話して、背中から入っている硬膜外麻酔を止めてもらうことにしました。硬膜外麻酔があるうちは麻酔が効いている状態なので、左足の感覚は戻りにくく、違和感が続くことが予想されたからです。

硬膜外麻酔は痛み止めの効果があるのですが、痛い時には坐薬をしてもらうことにしました。

 

足の感覚が戻った、深夜2時ころからウトウト眠ることができました。

 

術後1日目

指についていた酸素飽和度を測る機械と、心電図モニターが外れました

体を拭いてもらい病衣に着替え。

午前に起きてみました。歩いてみたら歩けました~!!なんということでしょう!!

トイレまで歩けたので、おしっこの管もぬけました

去年の手術では、術後1日目は歩くどころか、立つことさえもままならなかったのを考えると、出血量が違うとこうも違うのか~って思いました。あんな地獄のような苦しさはありませんでした。

前回の手術の時と違っていたのは、お腹にドレーンが入っていたことです。腸とくっついていた卵巣をはがしていったので、出血する可能性がありました。

トイレに行くとき点滴や、ドレーンなど体についているものを気にしながら行かなくてはいけません。

 

夕食から流動食が開始されましたが、食べれません。

わたしは、このドロドロしたものがだめなんです。

 

術後2日目

よく眠れました。

朝は3分粥・・・1割ほど食べました。

昼は5分粥、夜は全粥・・・・ほとんど食べれず((+_+))

はやくご飯が食べたい!!

 

お腹に入っていたドレーンが抜かれました。抜く時は痛みはありませんが、「ヌルッ」とする感じです。

まだ点滴は24時間キープされています。

 

術後3日目

やっとやっと常食です。待ってました~!!

「おいしい~!」

 

背中の硬膜外麻酔の管が抜かれました

なるべく歩くようにしていました。病棟をゆっくりゆっくりです。

 

この日、便が出ました。コロコロした便ではなく、立派な便です。久しぶりのバナナのような便です(失礼)

 

点滴が抜かれました。やっと自由の身だ~!

シャワーOKとなり、さっそくシャワーを浴びてスッキリ。

段々と普段の生活になっていき嬉しかったな。

 

 

術後4日目~術後6日目

マンガを見たり、昼寝をしたり、シャワーを浴びたり、病棟を歩いたり、のんびり過ごす。

少し食べるとお腹いっぱいに。

 

術後7日目

腎臓のエコー検査抜鈎(お腹の傷をとめていたホチキスのような芯を取る)

そして、めでたく退院!

 

 

病理検査の結果

病理検査の結果は悪性ではありませんでした

安心しました。

 

 

女性ホルモン補充療法

ピンクのバラ

ホルモン補充療法はどうして必要か

当時わたしは、44歳でした。日本人女性の平均閉経年齢は50歳です。

閉経の年齢までは女性ホルモンを補充した方がいいと言われています。女性ホルモンがなくなることで更年期障害が出てくるからです。

更年期障害、どんなものがあるか知っていますか?

代表的なのは、骨粗鬆症と、脂質異常(高脂血症)です。

閉経により女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が減少すると、骨がもろくなってしまい、骨粗鬆症で少し転んだだけでも骨が折れやすくなってしまいます

また、女性ホルモン(エストロゲン)が減少することと、脂質異常は関係しています。閉経後、血液中のLDLコレステロールや、中性脂肪が上昇し、動脈硬化が少しずつ進んでいきます

それらを防ぐために、閉経の年齢までは女性ホルモンを補充したほうがいいのです。

 

あと、卵巣がない女性よりも卵巣がある女性の方が、長生きするというデータがあるのです。ホルモンって大事大事!

 

わたしは閉経する年齢の50歳までは、女性ホルモン補充量法をすることにしました。

やり方は簡単です。ホルモンパッチを2日に1回貼るのです。貼る場所はお腹のあたりです。毎回場所をずらして、肌がかぶれないようにします。

さっそく、ホルモンパッチを貼りました。

 

乳がんになるリスクが高くなる

女性ホルモンを補充しているということで、乳がんになるリスクが高くなります。

年に1回は必ず乳がん検診を受けなければなりません。

 

でも、実はホルモンパッチで補充される量よりも、自分の卵巣から分泌されるホルモンの方が多いのですよ。

 

 

術後6年経って現在の生活(平成30年6月)

青い花

高脂血になった

わたしは、術後段々とLDLコレステロールと、中性脂肪が上昇してきました。最初は食事内容にを気をつけていましたが改善しないため、今から3年前より、中性脂肪を下げる薬を内服しています。

現在も内服しています。

年に1度の乳がん検診

これは、必ず毎年行っています。異常なく経過しています

 

生理のわずらわしさがない

生理があるころは、貧血や体調不良で大変でした。子宮、卵巣がなくなってからは、体調は良好です。毎月の生理のわずらわしさから解放されて、のびのびと生活しています。

 

ホルモン補充療法は終了

平成30年5月をもって、ホルモンを補充療法は終了しました

実はその1年位前からは、かなりゆるく治療していました。2日に1回のところ3日に1回にしてみたり、貼るのを忘れたり。

半年まえからは、もうホルモンパッチは貼っていませんでした。

貼っても貼らなくても自分で体調の変化を、感じていなかったのと、最初から50歳位までの予定だったので。先生も「貼っても貼らなくてもどっちでもいいよ、段々と辞めていきましょう」と言われていたからです。

 

さいごに

木漏れ日と花

わたしは、今、子宮も卵巣もありません。でも、元気に暮らしています

生理や貧血で体調が悪かったころにくらべたら、天と地ほどの違いです。

今は活動的に毎日過ごせています。

 

これまで3回の手術を経験してつらいことも多かったのですが、あの苦しみのおかげで、今の穏やかな暮らしがあるのだと思っています

 

子宮や卵巣がなくなることは、悲しいことではありますが、病気なら仕方ありません。

生きることが大切です。

 

3度目の手術から6年経った現在は、わたしは元気にしています。

仕事や趣味(ブログ)を楽しんでいて活動的に暮らしています。

 

約5年行っていた、ホルモン療法は終了しましたが、この先、体の変化があった場合、記事にしていくつもりです。

参考記事 ⇩

私が3度の手術を経て子宮・卵巣とサヨナラしたお話

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